<こちらの記事は、SMOタブロイド誌「TOKYO 2019」からの抜粋です。タブロイド誌全編及び最新版の全編は、こちらよりダウンロードいただけます>


 

2008年「Association of National Advertisers」のカンファレンスで、P&Gのグローバル・マーケティング・オフィサーのジム・ステンゲルが、P&Gの社員としては最後のキーノート講演を行いました。彼はP&Gにいた25年間で自身が学んだ最も重要な5つのことを伝授しました。その5番目、最後の締めくくりとして彼は、ブランドには「パーパス」が必要だと語りました。これを機に「パーパス・ブランディング(purpose based branding)」のムーブメントが加速したと言えましょう。彼によれば「ブランドにおける、あらゆるインタラクションから起こる体験は、すべてブランドのパーパスにたどり着く」としています。

 

パーパスとは何か

ビジネスにおけるパーパスの定義を明確にしましょう。英語の辞書を引けば大きく2つの意味が載っています。第1は「目的」と「狙い」です。日本語に訳す時、最も多い意味でしょう。第2が「a reason for which something exists」つまりなぜ存在するのかという理由を示しています。企業やブランドのパーパスについて話す場合、この意味合いが多分に含まれています。

さらに、辞書には載っていない第3の意味合いがあります。2年前ハーバード大学にてパーパスについての講演をしたマーク・ザッカーバーグは「Purpose is that feeling that you are a part of something bigger than yourself, that you are needed, that you have something better ahead to work for. Purpose is what creates true happiness.」と語りました。つまり、目的、存在理由に加え、日本語で言うならば「志」や「大義」のような意味合いも含んでいるのです。

 

ライドシェアのベンチャー企業における盛衰

2008年とあるテクノロジー会議参加のためパリに滞在していたTravis KalanickとGarrett Campはタクシーを捕まえるのに苦労した経験から、リムジンを呼ぶアプリを考案しました。これがライド・シェア配車アプリUBERの始まりです。

UBERはスマ−トフォン普及の波に乗って勢いを増し、ビジネスを拡大し続けますが、その順調なライドにも終わりが訪れます。#MeTooのムーブメントがピークの2017年、UBERの元女性社員は、パワハラとセクハラが多発する同社の文化を告発します。それから数ヶ月のうちに、経営陣にも及ぶUBERの企業文化についてのネガティブな情報が次々と出回り、自社サービスを使うCEOとドライバーとの口論ビデオまでもがSNS内で拡散、炎上。この一連の動きで#DeleteUber運動が加速しユーザー離れは深刻化、その夏にはCEOが辞任、経営陣の交代に至ります。

 

ホームシェアのベンチャーが起こしたムーブメント

Uberが生まれる1年前、サンフランシスコで大規模なデザインイベントが開催されることになり、市内の宿泊供給が足りなくなることに目をつけた20代のJoe GebbiaとBrain Cheskyは、自分達のリビングにエアベッドを置き、部屋を貸し出すというアイディアを思いつき、airbedandbreakfast.comという簡易なウェブサイトを立ち上げます。これがAirbnbの始まりです。

この体験をビジネスとして具体化していくため、彼らはAirbnbに明確なパーパスを注ぎ込みます。彼らの当時の投資家向けプレゼン資料には、Airbnbは①家をシェアすることでお金が稼げる、②旅行者のお金の節約になる、③街とのローカルなつながりを作り文化を共有する、という3つを可能にすると書かれています。①と②が提供価値であることは明らかですが、注目すべきは、社会的な存在理由といえる③が同列に掲げられていることにあります。

Airbnbは、ホスト、ゲストそして社員のために、毎年Airbnb Openというイベントを開催し、Airbnbコミュニティで積極的な活動をしているエバンジェリスト達に対して、新サービスの発表、トークやパフォーマンスなどを行っています。彼らと共にAirbnbは1億5千万人以上のゲストを抱えるに至るまで成長し、現在は宿泊以外の価値も提供しています。例えば、Airbnb Experienceは現地に暮らす人が企画したアクティビティーをゲストが体験できるサービスで、彼らの「文化を共有する」というパーパスにマッチする新たな提供価値なのです。

 

パーパスの重要性

UberとAirbnbは共にシェアリング・エコノミーの象徴といえましょう。同じようなビジネスモデルを持ち、同じようなシェア系のベンチャー企業特有の課題を抱えた両社ですが、Uberはスキャンダルが続き、結果的に経営陣の交代を招くことにつながり、一方でAirbnbは着実に支持者ベースを拡大し、自社ブランドを成長させることができました。両社の運命は何によって別れたのか、それはパーパスの顕在化にあったと言えましょう。Uberは一つのアイディアで成長したが、Airbnbはアイディアのみならず、明確なパーパスが中心に据えられているのです。

この二つの会社の話から、組織が新たなことを成し遂げ、さらにその勢いを持続させるためにパーパスがいかに重要かを学ぶことができるでしょう。明確なパーパスは、成長期にはもちろんのこと、危機的状況下においても、健全な企業文化を形成させ、組織の迷走を防ぎ、関わる人々を団結させる大事な役割を持っています。

マーク・ザッカーバーグは前述の講演でFacebookがまだ成長途中であった時期における大企業からの買収オファーを振り返って、この考え方に基づくような発言をしています。

「自分以外はほぼ全員が買収賛成派だったよ。志の高いパーパスもない小さなベンチャー企業にとっては、夢の実現に思えたからね。この件で社内は分裂し、激しい議論の末、私の顧問でさえ、私が買収にイエスと言わなかったら一生後悔するとまで言ったんだ。そうして、自分以外の経営陣は一年以内に全員去っていってしまったんだ。」

パーパスは組織に方向感覚を与えるものとも言えます。明確なパーパスを持ち、そのパーパスにコミットすることは、組織が針路からそれてしまう可能性を抑え、長期的に成功していく可能性を高めるといえます。例えるなら、パーパスは北極星であり、組織内の人々が常々それを目指すことで、逸れずに目的地に到達することができるのです。

 

最大の商品である“アップルストア”をどうアップグレードするか

優れている企業は常に自らのパーパスを確認し、戦略と計画を立案します。そしてパーパスに基づいて、常に変化する環境の中で、自分達を見失うことなく位置づけているのです。

それでは、企業がそのパーパスに忠実であり続けながら、マーケットのニーズに応じた戦略を立てていくにはどうしたら良いのか?Appleのリテール部門の戦略を事例として紹介しましょう。

Appleは、Eコマースやオンデマンド・デリバリーの台頭で、かつては商品の販売が主であったのが、今では魅力的な体験の提供が中心となりつつあるリテール業界の目まぐるしい変化に対して、2014年Burberryの社長であったアンジェラ・アーレンツを招いて小売戦略の大規模な進化に着手します。

Appleは、新しい小売戦略の始発点に「Enriching lives」(生活を豊かにすること)という同社の中核をなすパーパスを、そしてそのパーパスを実現するために「力となる人の繋がりを創生すること」というキー・コンセプトを据えます。それではこの枠組みの中でのいくつかの取り組みを見てみましょう。

 

パーパスを元に店舗をリ・デザインする

まず、体験が中心となったリテールの環境を反映すべく、Appleは彼らの店舗を「アップル“ストア”」と呼ぶことをやめ、「力となる人の繋がりを創生する」コンセプトから着想を得て、正式に「アップルタウンスクエア(人が集う場)」と呼ぶことにします。そして、パーパスを元に空間を再設計します。アップルタウンスクエアの戦略は次のような5つのハードウェア機能に例えられます。

  1. プラザ:誰もがリラックスしたり友人と交流できるような開放的な空間
  2. フォーラム:お客様が他の人と創造、コラボ、コネクトできる場所
  3. ボードルーム:地元の起業家とアプリ開発者が学習・共有できる場所
  4. ジーニアスグローブ:カスタマーサービスを提供する場所
  5. アヴェニュー : 最新の商品やサービスを紹介するコーナー

注目すべき点は、5つのうち買い物に関連する項目は1つのみで、残りはすべて人々の繋がりに焦点が当てられていることです。この戦略の素晴らしい点は小売の環境変化に適合しているだけでなく、コンセプトである「力となる人の繋がりを創生する」にも対応しているところにあります。

Appleはハードだけでなくソフトウェアも有名です。アップルタウンスクエアでも同様に、5つの特徴をハードウェアになぞらえる一方で、ソフトウェアとして、タウンスクエア内の設備を生かした、音楽、写真、ビデオ制作、アート、アプリ開発の様々なセッションで成る体験プログラムの「Today at Apple」を展開します。子供連れの家族、起業家、教育者、だれでも毎日無料で参加でき、実際に様々な年齢やバックグラウンドの人々が訪れています。

このように、アップルタウンスクエアはソフトウェアにおいても、コンセプトである「力となる人の繋がりを創生すること」に徹しており、そして核となるパーパス「Enriching Lives」にもリンクしているのです。

さらに興味深いのは、このリテールの戦略がパーパスと関係性の強い価値観や信念からも影響を受けている点です。Appleの重要な信念の一つは、スティーブ・ジョブズの「テクノロジーは単体では十分でない。テクノロジーがリベラルアーツや人文科学と融合してこそ、胸を高鳴らせるような結果を生み出す。それはAppleのDNAに刻まれている。」という言葉に集約されています。アップルストアには当初からGeniusというスタッフがいて、お客様の問題や課題を解決するための技術エキスパート役を担っていますが、戦略を再考する際、Geniusが信念に矛盾していることに気づくのです。それはGeniusがテクノロジー要素に偏っていて、リベラルアーツ要素に欠けているということです。これを正すため、AppleはGeniusのテクノロジーに対抗するリベラルアーツ部門として、アートに精通するCreative Proという新たな役職を導入します。

この事例から、同社がパーパスと価値観を基盤に、店舗の名称やコンセプト、そして人材戦略まで、あらゆる要素を組み合わせ、どのようにして次のリテールの構図を描こうとしているかを垣間見ることができます。

 

 

グローバルな潮流

PwC(プライスウォーターハウスクーパース)は2年前チーフ・パーパス・オフィサーを設置しました。日本でも今年開催されたサステナブル・ブランド国際会議などのビジネスカンファレンスの多くで、パーパスがメインテーマとして取り上げられています。そのような中、とても印象的な出来事は、昨年、世界最大の資産運用会社ブラックロックの社長ラリー・フィンクが日本企業400社以上を含む投資先にある手紙を送ったことです。その手紙の題名は「A Sense of Purpose」です。彼はそこで、今後、企業にパーパスがなければ、長期的な成長を持続できないと強く訴えました。これら一連の出来事から見ると、いま世界的にパーパスはスポットライトの中心にあるといえるでしょう。しかし、パーパスは決して全く新しい概念ではありません。『ビジョナリー・カンパニー』の著者ジム・コリンズを始め、マーケティングの権威コトラーも長年パーパスの重要性を訴えてきました。あらゆる企業や経営者はパーパスの重要性を再認識しただけなのかもしれません。

最後に冒頭のP&Gの話に戻りましょう。講演の終盤ジム・ステンゲルは、今後パーパス・ブランディングが持続的成長をするための唯一の方法であると断言しています。かつてないほど不確実性の高まる現在において、10年前のこの言葉は完璧に当てはまっているのではないでしょうか。


 

「TOKYO 2019」全編及び最新版タブロイド誌は、こちらよりダウンロードいただけます。