<こちらの記事は、SMOタブロイド誌「TOKYO 2018」からの抜粋です。TOKYO20xxシリーズについて、最新版は、こちらよりダウンロードいただけます>

 

――斎藤さんにとって、2017年はどんな年でしたか?

斎藤 還暦を前に父となり、現在は2人の幼い息子たちと暮らしているので、日々が子育て中心に動いています。現役で仕事をしていたときほど社会と密接ではなくなっているのですが、幼児教育・保育の無償化をはじめ、政治には心をざわつかされる一年でした。私は1955年生まれで、イデオロギー体質を持っています。つまり、“世界はこうあるべきだ”という観点でモノを考えるわけですね。そういう人間からすると、今の世の中の状態は、非常に気持ち悪い。

――「気持ち悪い」とは具体的にどういうことですか?

斎藤 フェイクニュースが蔓延している。声高に叫んだ者が勝つ世界。理詰めで考えれば、それがおかしいかどうか明らかになるのに。恐らく思考を放棄する人が増えているんですよね。だから、最近の映画もそう。みんなが笑えるモノ、みんなが泣けるモノを作ろうとする。

――“わかりやすさ”が前提になっていますよね。

斎藤 わかりやすいということに価値がありすぎて、リスクを取れない。やや話は逸れますけど、今や、あらゆる分野でリスクを取らなきゃいけない状況が生まれている。電気自動車が登場して、19世紀から築き上げられてきた自動車業界の勢力図は塗り替えられつつあるし、インターネット取引が増えたことによって銀行は規模縮小を余儀なくさせられているし。

――ガラガラポンが起こる。

斎藤 起こらざるを得ないでしょう。今まで当たり前だった根幹が揺らいでいるのだから。ロジカルから抜け出す勇気が必要です。

――理性ではなく、本能を大切にするといったようなことですか?

斎藤 個人的な話ですが、僕はマーケティング本の類いを一切読まないんです。人によってニーズが違うのはわかっているし、僕が無垢だったらナルホドと思わされるのかもしれないけど、少しでも商売したことがある人間にとって真新しいことは書かれていない。それよりは天命とか運とか、理屈では説明しきれないところにチャンスが転がっているような気がします。強調しておきたいのは、“脱ロジカル”というのは、そもそもロジカルがあって初めて成り立つ、ということ。だから、まともに働いたことがない人が「働き方改革」を叫ぶのはナンセンス(苦笑)。

――なるほど。その他に、今の世の中に対して思うことはありますか?

斎藤 さっき、気持ち悪さについて話しましたが、なんでもかんでも日本はすごい、日本人はすごいって風潮についても、違和感を覚えますね。自分たちを自分たちで持ち上げる。それというのは、多分、実体が駄目だからだと思うんです。かつて、高度成長期の日本の勢いを描いた『ジャパン・アズ・ナンバーワン』って本がヒットしましたが、あの頃は、自分たちの至らないところをきちんと指摘できていた。そもそもの話、国民性は良いか悪いかの二択で語られるべきではないし、そのナショナリズム自体、受け入れがたいところではありますが。

――明るい話題がないですね(苦笑)。

斎藤 そうですねえ。だから子供たちの未来が心配です。AIの時代になって、それがいい方向に進めばいいけど……。

――進まないと見ていますか?

斎藤 どうだろう。本来、AIは平等な社会を作るためのツールであるはずだけど、そうはならないんじゃないかな。なぜなら、20世紀の半ばから生きている僕は、時代が進めば進むほど豊かになると信じていましたけど、21世紀になってみたら、世の中にはどんどん格差が生まれていった。20世紀の政治運動は格差をなくそうという動きだったのに、格差は助長されてしまったんです。だから、今はわからないけど、この先、AIによって格差がさらに広がったと悟った瞬間、嫌悪感を覚えるかもしれない。そうなったらアンチAIみたいな運動が生まれる可能性もある。産業革命の頃、イギリスで起こったラッダイト運動のようなものが、ね。そして、武者小路実篤が提唱したような“新しき村”がいっぱい出てくるかもしれない。小さなコミュニティを作って、自分らしく、人間らしく生きよう、という。でも、それは便利じゃない。人は、一度、便利さを経験してしまったら後戻りできません。私もアマゾンが無くなったら、オムツをどうすればいいか途方に暮れるだろうし(苦笑)。まあ、それはさておくとして、私にとっての最大の価値は「モダン」なんです。自由、平等、博愛。それが体の隅々に染みついているから、この先、AIがモダンを否定するようにならないことを願います。

――斎藤さん自身は、これからをどうやって生きていきますか?

斎藤 惑わされず、ありのまま。生活がテクノロジーに支配されようとも、自分のあるべき姿を追い続ける。それだけですね。

 

 


斎藤和弘

編集者。平凡社「太陽」編集部を経て1996年からマガジンハウス「BRUTUS」編集長、2001年にコンデナスト・パブリケーションズ・ジャパンの代表取締役社長に就任、「VOGUE」の編集長も兼務。2009年末に退社し、フリー編集者・メディア開発コンサルタントとして活躍中。