<こちらの記事は、SMOタブロイド誌「TOKYO 2018」からの抜粋です。TOKYO20xxシリーズについて、最新版は、こちらよりダウンロードいただけます>

 

景気はほんとにいいの?

日本の景気はほんとにいいの、実感がない、と思っている人が多いようです。でも、ほんとうにいいのです。日本経済本来の実力実質経済成長率(経済学用語で言えば、潜在経済成長率)は現在年率1%を若干下回ると考えられますが、それとの対比で考えると、最近の2%近い成長率はかなりいいものだ、と言えるでしょう。実際の経済成長率は実力成長率から大きく離れられません。多くの人はこうした現実を理解していないのでしょう。

では、なぜこれほど日本の実力経済成長率は下がってしまったのでしょうか。最大の理由は、労働投入(労働者の数と労働時間)が減ってきたからです。日本の労働者の労働時間が減ってきた上に、1995年から日本の生産年齢人口(15~64歳)が減ってきています。経済の成長は、資本投入、労働投入、それに生産性の伸びからもたらされます。資本投入と生産性の増加率は合わせて1%弱ですので、労働投入が増えなければ、実力経済成長率は1%を下回ることになります。

しかし、これでも実力経済成長率は近年上がってきているのです。設備投資が増えることで、資本投入が増えてきましたし、2012年以降、より多くの女性や高齢者が働き始めたことで、生産年齢人口が減ってきている中で、実際の就業者数が若干ですが増えてきました。今後は、設備投資をさらに喚起し、もっと女性や高齢者の労働市場への参加を容易にし、規制緩和などを通じて生産性を引き上げることが必要です。これが、安倍内閣がやろうとしてきたことです。

 

東京はもっといい

東京の状況は若干異なります。日本の人口そのものも2008年から減少し始めていますが、東京への一極集中が続き、東京だけは人口が増加し続けています。まだ10年くらいは東京の人口は増え続けそうです。そうした下で、東京における就業者の数は全国平均を上回るペースで増加してきました。東京の実力経済成長率は、日本全体に比べて高い状態を続けるでしょう。人口の東京集中は経済活動の東京集中を反映したもので、企業にとって東京は立地条件がいいためです。経済学で「集積の経済」と言いますが、企業が集まることによるメリットがあります。特に、そのメリットが大きいのがIT関連、それに、金融、情報産業などです。それに、ほとんどの大企業の本社機能が東京に集中しています。便利だからです。

 

景気過熱はこれから?

景気拡大が続いてきたことで、いよいよ労働市場がひっ迫してきました。では、賃金が上がり景気は過熱化し、インフレになっていくのでしょうか。確かに、非正規労働者の賃金は目立って上がってきましたし、正規社員の賃金にも影響が出始めています。ですが、これまでがそうであったように、全体としての賃金がなかなか上がらず、インフレにならないのではないでしょうか。近年、賃金が上がらず、物価もあまり上がらないのは世界的傾向です。日本を含む先進諸国において賃金が上がりにくい理由は何なのか。人それぞれ違うことを言うと思いますが、私は、中国を筆頭に発展途上国が改革開放政策によって世界貿易に本格的に参加するようになり、先進国の労働者も途上国の労働者と競争するようになったことが根本原因だと思います。そのために、企業は非正規社員を雇って労働コストを下げたり、省力化投資をしたりしてきたのだと思います。こうした影響もだんだん小さくなってきてはいますが、まだ続いているようです。こうした点を考えると、日本を含む先進国のインフレ率もなかなか高まらないでしょう。

 

心配なことはないの?

今年は、景気が成熟化してきていることから、若干成長率は下がるかもしれませんが、緩やかな景気拡大は続きそうです。別段景気の腰折れをもたらす国内要因は見当たりません。その一方で、金融政策は2%のインフレになるまで金利を非常に低く維持し、大量の国債や株式を買い続ける緩和姿勢を続けています。また、財政政策も大幅な赤字を続ける緩和姿勢を続けています。金融政策も財政政策も不必要なくらい緩和的です。実体経済が好調で、経済政策が非常に緩和的なことから、企業収益は好調であり、株価も上昇しました。株価が高すぎるか否かは常に難しい問題ですが、歴史的な高値圏にあります。特に、アメリカの株価が相当高値圏にあることは確かで、その動向が日本の株価にも影響を与えると思います。もしアメリカの株価が大きく下がるようであれば、日本でも株安や円高などその影響が懸念されます。米朝軍事衝突を除けば、これが最大のリスクでしょう。

 

 

田谷禎三(たや・ていぞう)

エコノミスト。UCLA経済博士。IMF(国際通貨基金)、大和証券を経て、大和総研常務理事、日本銀行政策委員会審議委員。現在、立教大学講師。著書に「日本経済図説」「世界経済図説」ほか。